種子島の民話 「身の片ひら」

種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者    下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

身の片ひら

 種子島の北部に奥という部落があります。このあたりはずっと丘になっていて、椎の木やまてば樫、黒松などの森が、うっそうと茂っています。
 むかし、ここは種子島の殿様の狩場になっていました。そしてこの奥部落には、いつごろからまつったかわからないといわれる古い神様があって、狩りの時はこの神様に祈る習わしでした。
 この神社からの眺めは本当に素晴らしいものです。海一つ隔てた北には大隅半島が見え目を西にまわすと開聞岳や硫黄島、その手前には馬毛島、なお目を向けると海上にそびえる屋久島、という風で見飽きることがありません。
 さて、むかし殿様がそこに鹿狩りにやってこられました。
 犬使いは、五十匹の犬を使って、あっちの峰、こっちの峰から鹿を追い出しにかかりました。家来たちは、鹿の通り道の「まぶし」といって木の枝やササで作った隠れ場所に身をひそめて、鉄砲を構えて待っていました。
 しかし、鹿は一匹もあらわれません。そこでこういう時の例にならって、血祭りといって血のしたたるニワトリを山の神様にそなえて、「どうか鹿をとらせてたもうれ」と祈りました。
 しかし、そのかいもなく翌日もその次の日も一匹もとれず、とうとう七日たってしまいました。さすがの殿様もすっかり腹をたて、「犬使ぁはだれか、あしたあぁもう一度やってみて、もしとれなかったら犬使ぁは切腹せぇ」と厳しく言われました。
 犬使いは頭をかかえて考え込みました。「なしかぁかなぁ(どうしてかなぁ)、かねては(いつもは)何匹もとるっときに(とれるのに) おかしかことがあるもんじゃなぁ。よし、今夜もう一度神様に願うてみるほかはなか。」
 そこで犬使いは、山の神様にあげる潮を汲みに、真夜中をもかまわず出かけました。伊関の浜に行き、竹筒に塩水を汲んでの帰り道、伊関と奥の間の柳原まで来ますと、さすがの犬使いもへとへとに疲れてしまいました。見ると、そこに大きな松の木があったのでその根元にひと休みしましたらついそのまま眠ってしまいました。
 どれくらい経ったかわかりませんが、何かあたりが騒がしいので、犬使いはハッと目が覚めました。そのままじっとうかがってみると、奥の山の神様と、伊関の山の神様が大きな声で叫びあっているのでした。「おーい、明日ぁ鹿を七匹と身の片ひらを出そう。」「よーし、そがぁにせんばじゃろうな、ごうらしなげぇ(かわいそうに)。」
 これを聞いた犬使いは、すっかり嬉しくなりました。跳ね起きると急いで奥へ行き、山の神様に清めの潮をあげて、その足で殿様の所へ行きました。そして、「殿様、明日こそぁ、必ず鹿を七匹と身の片ひらとって見せ申します。」ときっぱりと申し上げました。
 さて、すっかり夜が明けて、最後の狩りが始まりました。今日もしとれなければ犬使いは切腹しなければなりません。家来たちもやはり気が気ではありません。
 ところが、朝の間に犬使いが言った通り七匹はピタリとそろいました。しかし、片ひらがとれません。殿様は、犬使いを呼び出して、「わごう(おまえ)、ゆうべは鹿七匹と身の片ひらとってみすると、立派なことを言うたが七匹はとれても身の片ひらがとれんじゃなっか。さあ腹を切れ。」と厳しい言葉です。
 犬使いは真っ青になってひれ伏しました。おそばの家来たちもすっかり困ってしまいものも言えずに座っていましたが、中の一人が「殿様、まあまあもうしばらく」ととりなしました。その時、「シカがとれたろう」という声がして、家来たちが一匹の鹿を引きずってきました。
 見ると、犬が食い殺したと見え、頭はちぎれて胴体ばかりの鹿です。そこで犬使いは恐る恐る申し上げました。「殿様、あれが身の片ひらでござり申す。」「なるほど、そうか、確かに七匹と身の片ひら、見事じゃぞ喜右衛門。」と殿様は顔をほころばせておほめになりました。犬使いの喜右衛門も笑いを抑えることができません。さらに殿様は、「おまやぁ、これから田も畠も作り放題じゃ、上納はいらぬ。そうじゃ、今日とれた鹿七匹と身の片ひらは全部国上村へつかわすぞ。」とおっしゃいました。
 それで、伊関のこの犬使いの家では地租改正まで上納なしに田畑を作ったということです。

話 西之表市国上 落合時雄   西之表市浜脇 鎌倉金右衛門