鹿児島ふるさとの昔話 「閻魔大王の首」

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鹿児島ふるさとの昔話

発行所 株式会社 南方新社
発行者     向原祥隆氏
編者      下野敏見氏
「鹿児島ふるさとの昔話」より鹿児島県内各地に伝わる昔話をお伝えします。大河ドラマ「西郷(せご)どん」が放映されてから”鹿児島弁”に興味を持たれた方も多いかと思います。”種子島弁”とはまた全然違う方言です。イントネーションをお伝えできないのが残念ですが、文字を読んでお楽しみください。

 

 

閻魔大王の首

 昔、西南の役で (たたこ)うた薩軍の勇士の一人に辺見十郎太という人がおったそうじゃ。そん人は 大変(わっぜ)力が強していつも長い刀を差して歩き、誰にも負けたことがなかった、と。
 その辺見十郎太と村田新八、桐野利秋の三人は大の仲良しじゃったげな。あるとき、
俺達(おいたち)ゃ薩摩の三勇士じゃっで、ケ死んだ時ゃ三人 ()なんで一緒に極楽ぃ行こや。例え後先ケ死んでも、先の世で待ち合わせて行こや」と、約束した、と。
 そのうちに西南の役が起こって、三人とも戦死したので、約束通り三人一緒になって極楽目指して行っおった。ところが、地獄、極楽の境という場所があって、そこに大きな体の閻魔大王がいて太か目をぎょろりとむいて、三人を睨み付けたそうじゃ。手には帳面と筆を持ち、ひざには 可愛(むぞ)女御(おなご)をのせてナ。
「うんにゃ、こら。西郷先生の目ん玉よっかい太か目ん玉じゃけい」
と村田新八が言うと、辺見十郎太は、
俺共(おいどま)、薩摩の三勇士じゃっで、あっちこっち暴れまわって来た。じゃばって人様に迷惑はかけんじゃった。むしろ人助けをして来もしたど」
と言った。すると閻魔大王は、
「えー、そうか。そんならお前達ゃ極楽ぃ行かしてやろわい」
と言った。その時、桐野利秋が、
「あん閻魔大王ん膝ん上に座っちょい 女御(おなご)はテカケ(妾)じゃろかい、ウッカタ(奥方)じゃろかい、 (きん)の座布団を 三枚(さんめ)も重ねて座らせっ ()いが、 大変(わっぜ)威張っちょらよネ」
と言うたげな。それを聞いた辺見十郎太と村田新八は腹をかかえて、
「わっはっはっは」
「わっはっはっは」
と大笑いした。閻魔大王は顔を真っ赤にして、
「お (まや)、今 ()たことをもう一度 ()てみれ。 (おい)がことを (わるっ)()たはずじゃが」
と怒鳴った。すると、桐野利秋が、
「うーん、 ()た、 ()た。 俺共(おいどま)、娑婆におった時ゃ、お前のテカケよっかい、まだ良か 女御(おなご)を膝ん上に座らせて暮らして来たが。そいがどうかしたか」
と言った。閻魔大王は烈火のごとく怒って、
「言わせておけば、どしこでん (わる)(こつ)、ぬかす奴らじゃ。この 金鋏(かなばさん)でお前 (たっ)の舌を根っから(全部)引っ抜いてくるっど」
と叫んで大きな金鋏を振り上げて見せた。辺見十郎太は我慢が出来なくなって、
「えー、こと面倒じゃ」
と言ったかと思うと、長い刀に手をかけた。閻魔大王を本当に斬るつもりはなかったが、長い刀なので力一杯引き抜いた途端、 切先(きっさき)が大王の首にかかってしまい、その首が「ポタッ」と落ちてしまったげな。
「うえーっ、こら、ちょっしもた」
三人は慌てふためいたが後の祭り。どう仕様もない。閻魔大王の首は太か目をむいたまま三人をにらみつけていた。
「こら、も、仕方はなか。閻魔大王がケ死めば、どっち行きよもなかが。いっそんこて、極楽さい、ハッ(ちこ)よ」
 こうして三人は悠々と極楽に行ったそうじゃ。閻魔大王がいなくなったこの時から、ケ死んだ人は、みんな極楽へ行くようになった、と。
 それまで大釜に人を入れて煮たり、針の山を歩かせたりしていた地獄の赤鬼、青鬼はいらなくなったげな。
 そいからというもの、どんな宗教の人もどんな悪事をした人も、先の世ではみんな、極楽に行くようになったそうじゃ。
 そげな話、じゃったちゅ。