2018-09-21
種子島の民話
発行所 株式会社 未來社
発行者 西谷能英氏
編者 下野敏見氏
日本の民話３４ 種子島の民話第二集よりお伝えします。
孫と武士
むかしむかし、ある所に爺さんと七つになる孫と二人住んでいました。その孫は、なかなか利口な子供でした。
ある日、爺さんが村はずれの道端で、ともし火にするために松のあかし（芯）を切っていました。
するとちょうどそこに、立派な身なりの侍が通りかかりました。爺さんが汗だくで松を切っているのを見て、
「おまやぁ、そがぁな（そんなに）汗を出ぁて、せっせと松の根を掘っとるが、一体それを何にすっとか。松に正月でも来っとか。そがぁな馬鹿な事ぁやめたがようなっか（やめたほうかよくないか）」
と言いました。
爺さんは何と答えたらよいかわからず、頭を下げてそのまま黙っていました。すると侍は、
「おまやぁ、つんぼか」
と言って、さっさと通って行ってしまいました。
爺さんはそれからまた、一心に松の芯を切り背中いっぱいあかしを背負って戻りました。
留守番の孫は喜んで爺さんの帰りを迎えましたが、爺さんは侍の言葉が気に掛かってついむっつりとしています。孫が目をくるくるさせて、
「爺さんなぁ、気がぁが（気分が）悪かごたるが、何かあったとじゃなっか」
と聞きました。そこで、爺さんは村はずれであったことを詳しく話して聞かせました。
「そいで、爺さんな何と答えたか」
と孫が聞きました。爺さんが、
「おらぁ、黙っととぉ、ところが、おまやぁ、つんぼかと言うて行ってしまっわとぉ」
と答えますと、
「そんなら爺さん、明日もまたそけぇ（そこに）松切りに行けや、明日ぁも、決まってその侍が来て、今日と同じようなことを聞くから、そん時ゃこがぁに（こんな風に）言えや。
松にお正月は来ぬけれど
暗い闇夜を照り明かす
と忘れんじぃ言えな、爺さん」
と孫が教えました。
あくる日、爺さんが前の日と同じように松のあかしを切っていますと、昨日の侍がやって来ました。爺さんをじっと眺めながら、
「おまやぁ、昨日も汗をたらぁてせっせと切っておったが、また今日も掘ったり切ったりか。松の根に正月が来っとか」
と言いました。
爺さんは早速顔をあげて、
松にお正月は来ぬけれど
暗い闇夜を照り明かす
と、これだけ返事しました。侍はびっくりした様子で、
「おまやぁ、昨日は俺が尋ねた時ぁ黙っていたが、今日はまた大した返答をしたなぁ。おまやぁ、誰かに教わったとじゃろう」
と聞きました。そこで爺さんは、
「実ぁ、家ぇ七つになる孫がおり申して、昨日の事を話ぁたところが、それじゃぁ今日会うたらこう言えと教えてくれました。」
と正直に話しました。侍はすっかり感心して、
「それは、なかなか利口な子供じゃ、明日ぁは俺が御馳走するから、おまやぁ、その孫を連れて来い」
と言いました。そうして自分の家への道筋を詳しく教えました。
爺さんは家に帰ると、さっそく孫にそのことを話しました。孫は平気で言いました。
「そんなら爺さん行こうや。御馳走になれば幸いじゃらあ。」
翌日、爺さんと孫は侍の家を訪ねて行きました。侍は喜んで、一番のごちそうである餅をお膳にたくさんのせて出しました。
孫はすっかり夢中になって、両手に餅を握り、右手のを食っては左手のを、左手のを食っては右手のをと、かわるがわる食べていますと、それを見ていた侍が
「おい子供、おまやぁ、右手のと左手のとどっちの方がうまかか」
とニコニコしながら聞きました。
すると、孫は黙って両方の餅をお膳の上において、両手でパチッと柏手を打って
「お侍様、今手はどっちの方が鳴り申したろうか」
と聞きました。侍は、
「うわっはっは、俺が負けたもんない（負けてしまったよ）」
と気持ちよさそうに笑いました。爺さんと孫は腹一杯になって、いよいいよ帰るときに侍は、
「こんだぁ（今度は）、また爺さんとよろうて（一緒に）出て来いよ」
と言いました。そして言葉を続けて、
「その時ぁ、こってぇ牛（牡牛）のつわった（身ごもった）とを引いて来い。そうすれば、銭をいくらでも出ぁて買うから」
と言いました。
「はい、きっと引いてくるから」
と孫は平気な顔で答えました。帰る途中で爺さんが、
「孫よ、こってぇ牛が身ごもるということは生まれてから聞いたことがなかが」
と案じ顔で言いました。孫は、
「爺さん、心配すんなや」
と言ってから、急に
「爺さん、おらぁちぃっとものを忘れたから、さっきの侍の家ぇ取りィ行かんばじゃ」
と今来た道を引き返して行きました。そうして侍の家に着くと、
「お侍さん、お侍さん」
と思い切り大声で呼び立てました。侍はその声にびっくりして、
「何事か、そがぁにあわてて」
と顔を出しました。
「お侍さん、大変じゃ。爺さんがそこの先で産気づいて腹がつめだしとう。早う行ってくれ」
と孫は真面目くさって言いました。すると侍は怒って、
「ばかっ」
と叫んで、
「男が子を持つ話がどけぇあっか（どこにあるか）」
と孫を睨みつけました。孫はにやっと笑って、
「そんなら俺も言おう。こってぇ牛のつわったとがどけぇおるかっ、ばかっ」
と、力いっぱい叫ぶとくるっと後ろを向いて一目散に逃げて帰りましたげな。