種子島の民話 「山の神のきき耳」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

山の神のきき耳

 むかし、あるところにとても貧しい人がおりました。正月前に山に木を拾いに行きましたが、戻る途中、この薪を少しでも金に換えようと考え、町に売りに行きました。
 ところが、もうみんな木は買った後で、誰もこの貧乏人の薪を買う人はありません。がっかりして帰ろうとした貧乏人は、そこに神様が祀ってあるのを見ると、
「この木を神様にあげ申す」
と言って、供えました。
 その日は(とし)の晩(大晦日)でしたが、貧乏人の家では、正月を迎える仕度は何一つなく、先祖だなにもお湯をあげるばかりで、やがてお母さんがぽつんと言いました。
「今夜は歳の晩じゃばって、先祖にも何もあげられん。今夜は「から湯」でも飲うで年をとろう。」
 息子もため息をつきながら、
「俺の働きが悪がばっかりに、おっかんに心配を掛くるなぁ」
と頭を下げていると、とんとんとんと、遠慮深そうに戸を叩く音がしました。そうして、
今夜(こんにょう)めっかり申さん、今夜めっかり申さん(こんばんは)。」
という声がします。
「はてな、年の(よう)さに」
と息子が小首をかしげながら戸を開けてみると、ひげだらけの一人の男が立っています。そして、
「私ゃぁ、山の神の使ぁで参りました。お前ぁ山の神に木をあげたそうじゃから、山の神が喜うで、お前の望む物は何でもくるると言われる。山の神のとこれぇは何でもあるのじゃ。ところで、お前は何が欲しかか。」
 息子は、山の神の使いと聞いてびっくりしましたが、昼間のことを思い出して、ようやくわかりました。といって、急に何が欲しいかは思いつきません。黙っていると、
「そいじゃぁ、今から私が案内して行くから、山の神から何が欲しかかと尋ねられたら、その時は聴耳が欲しか、と言うたが良か。それを貰えばおまやぁ一代食えるから」
と山の神の使いが言いました。
 息子は使いに案内されて、山の神の所に行きました。そうして大変なご馳走になった上、お母さんにもお土産をもらいました。その上、使いに言われたように聴耳を願って、それをもらいました。そして家に帰る途中、大きな屋敷の前に来ると、大変な人だかりがして泣いたり騒いだりしているのです。不思議に思って居合わせた人に
「この人達ゃぁ、どういうもんでこう集まってわめきよるかい」
と尋ねました。すると中の一人が、
「そこの家はなぁ、長者どんじゃばって娘が()うで、生くるか死ぬるかちゅうて、家来の()がぞろっと寄っとるところじゃ」
と教えてくれました。それを聞いた息子は、
「それじゃぁ、俺がその娘の病気を(なえ)ぇてやろうと思うが、ひとつ長者どんに話ぁてみてくれんか」
と頼みました。すぐ家来が、長者どんにそのことを知らせました。長者どんは
「そがぁん良か事ぁなか。その人をすぐ呼うでこい、なんとか娘を助けてもらわんばじゃ」
と大喜びで、すぐ娘の病室に案内しました。
 息子は、病気の娘の脈を取ったり、いろいろ調べてから、やおらきき耳を取り出して、その一方を娘の胸に当て、片方を自分の耳に当てました。すると、
「正月迎の木の門柱を立つるとき、ヒキガエルが門柱の下のめんどう(くぼみ)におって、その上に柱が立ったもんじゃから、そのまま押し込められておる。そのヒキガエルの苦しみが、娘に乗り移っておるのじゃ。ヒキガエルさえ出せば娘の病気は良うなる」
という声が聞こえました。そこで男は、きき耳を外してから、長者に言いました。
「こらぁ、娘さんのご病気はヒキガエルの苦しみが乗り移ったとじゃけらぁ。あの門柱の下のめんどうにヒキガエルが押し込められてもがぁとるから、それを出ぁてやりせすれば娘さんの病気は治り申す。」
長者どんは、
「えっ、そうか。それじゃ、すぐ門柱を掘ってみらんばじゃ」
と家来たちに言いつけました。それっとばかり、家来たちが門柱を掘ってみますと、やっぱりヒキガエルが一匹、今にも死にそうな格好で入っていました。
 さて、それからは娘の病気はぐんぐん良くなって、やがて全快してしまいました。
 長者どんは、娘の命の恩人にたくさんのお礼をしました。こうして昨日までの貧乏人はすっかり金持ちになって、お母さんを喜ばせ一生を安楽に暮らしました。
 ところで、娘の病気が全快したのは、一月八日でした。そこでこのきき耳男は、この日を記念して薬師祝いをしましたが、これが広く医者の間に行われるようになったのだそうです。また、今も医者が使っている聴診器は、この男のきき耳から始まったということです。