種子島の民話 「猿になった紺屋(こうや)どん」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

猿になった紺屋どん

 むかし、あるところに紺屋どんがおって、豊かな暮らしをしていました。
 ある年の晩、真っ赤な着物を着た坊さんが訪ねてきて、
「今夜は、こけぇ(ここに)泊めておくらり申さんか」
と頼みました。紺屋どんは、その坊さんのみすぼらしい姿を見て、
「えー、きさなかもぅ(汚いなぁ)、あがぁな(あんな)坊主は早うやれ(追い出せ)、早うどっかさなぁ(何処かに)やれ、こけぇ(ここに)来さすんな」
と女中に言いつけて、家には入れつけませんでした。
 女中も主人の言いつけ通り、
「早う、どけぇでも(何処にでも)行たてくれぇ」
と追い出しました。坊さんは、それでも嫌な顔はせず隣に住んでいる貧しいじいさんとばあさんの家に行き、
「どうか 今夜、泊めておくらり申さんか」
と頼みました。見ると、いかにも貧しそうな坊さんです。じいさんばあさんは、心から可哀想になって、
「えー、まぁ、お年の晩にごうらしなげぇ(可哀想に)、泊まらんばや、さあ、上がっておじゃり申せ(上がっていらっしゃい)」
と快く泊めて、親切にもてなしました。
 さて、元旦の朝になると、坊さんは若水を汲み上げたじいさんとばあさんに手拭いを渡して、
「じいさん、ばあさん、よんべ(昨夜)はありがとうござり申した。ところで、今朝はこれで顔を拭いておくらり申せ」
と言い残して、そのままどこへともなく出て行ってしまいました。
 じいさんとばあさんは、言われた通りにもらった手ぬぐいで顔を拭きました。するとどうでしょう。爺さんとばあさんの顔がみるみる若くなって、もとの十八になりました。
 それで元朝は、今も若手ぬぐいといって新しい手ぬぐいで顔を拭くのだそうです。
 ところがこの事が人の目について、
「わんたちゃぁ(あなた達は)、なしかぁ(どうして)そがぁん(そんなに)若こうなったとか」
と誰彼となく尋ねます。そこで、
「年の晩に泊めた坊さんが、ゆうて(手ぬぐい)をくれたもんじゃから、それで顔を拭いたところがこがぁになっとう(こんなになったよ)」
と言って聞かせました。
 やがて、紺屋どんの耳にもこの噂が入りました。
「え、おいがとけぇ(俺の所に)来たあの和尚じゃったけりゃぁ、来年から来たときゃ泊まらせんばじゃ」
と残念そうに言うのでした。
 一日千秋の思いで、どうやら一年を待ち暮らしました。そして年の晩、またあの坊さんが紺屋どんの家にやってきました。一年前と同じように真っ赤な衣を着て、みすぼらしい姿です。
 紺屋どんは坊さんにみなまで言わせず、
「ええ、易かことじゃ、さあさあ、早う上がりゃり申せ」
と家にあげ、至れり尽くせりのもてなしをしました。
 明けると元朝、紺屋どんが胸をわくわくさせながら様子を見ていると、坊さんは、二枚も手ぬぐいを出して、
「これで顔を拭くように。ところで、一枚は紺屋どんと家族の人たち、あとの一枚では女中が拭かんといけんど」
と言い残して、どこともなく立ち去っていきました。
 さあ、早速紺屋どんから家族全部が次々に顔を拭きました。ところが、誰もなんとなく妙な気分です。
「なしかぁかこら(どうしたのだろう)」
と言いながら、お互いの顔を見てみんなは「あっ」と驚きました。あの互いに見慣れた顔が、だんだん猿の顔に、しかも見る見るうちに姿まで変わっていくのです。
 一人だけ一枚の手ぬぐいを使った女中はというと、これはいつの間にか犬に変わってしまいました。紺屋どんは、いつも女中をいじめていたので今も猿と犬は仲が悪いのです。
 紺屋どんの家族は猿になり、女中は犬になって、
  きゃっきゃっきゃっ
  わんわんわん
  きゃっきゃっきゃっ
とわめきながら、山の方へ行ってしまいました。猿公はこれからできたものだそうな。それで猿の手の爪は今も真っ黒く染まっているのです。
 ところで、坊さんは隣の家に行って、去年泊めてもらった礼を言い、さらに、
「隣の紺屋は猿になって山に行たてしもうたから、お前たちがあとを取れ」
と言って、今度こそどこかへ消えてしまいましたげな。