種子島の民話 「武士になった魚売り」

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    発行所 株式会社 未來社
    発行者    西谷能英氏
    編者     下野敏見氏
    日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

     

     

    武士になった魚売り

     むかし、むかし。
     あるところに魚売りがいました。
     ある日、いつものように魚を担う手売りに出ましたが、その途中、立派な刀を日本さしたままで眠り込んでいる武士を見かけました。
    「武士ともあろうもんが、こがぁなとこれぇまあ、眠って、なんちゅうことか」
    と魚売りはあきれた様子でしばらく見ていましたが、寝姿があんまり静かなので、不思議に思い、魚はそこに下ろしてそろりそろりと近寄りました。
     武士はとても顔色が悪く、そのせいか妙な気分が漂っています。魚屋は思い切って近寄り、
    「もうし、お武家様」
    と声をかけました。が、武士は身じろぎもしません。
    「もうし」
    と今度は武士の肩を叩いてみました。それと同時に、魚屋はあっと驚いて一足飛びのきました。なんと、その武士は死んでいるのです。
     びくびくしながらものを言っていた魚屋は、相手が死んでいるとわかると、急に気が強くなりました。それでも、恐る恐る武士の着物を脱がせて自分が着てみました。ピタリと体に合って、我ながら立派な姿です。魚屋は二本の刀も腰にさしてみました。魚屋は自分の武士姿を見ているうちにいつの間にか武士になったような気になりました。
     魚はそこに置き捨てて、武士らしく肩を張って歩き出しました。
     こうして一日歩いて、やがて日が暮れました。おりよく一軒の家が見つかりましたので、そこを訪ねて宿を頼みました。そこは武家屋敷で、主人の武士は、丁寧ににわか武士をもてなしました。
     さて、奥座敷に案内されて、寝るときになってにわか武士は珍しそうに部屋を見まわしました。立派な床の間に、弓とか矢とかいろいろな道具が飾ってあります。にわか武士は弓矢の使い道は知りません。そこで、
    「これはどがんして引くもんかなぁ」
    とつぶやきながら、矢をつがえて力いっぱい引いてみました。
     ところが、初めてのこととて、手が緩んで、矢はピュッと飛んでふすまを射抜いてしまいました。その瞬間、
    「きゃっ」
    と悲鳴が上がってどさりと人の倒れる音がしました。にわか武士は肝をつぶして、弓を持ったままそこに立ちすくんでしまいました。
     物音に驚いて、家の人たちがどやどやと駆けつけました。この家は、これまでも時々泥棒に襲われましたが、この時も丁度泥棒が忍び込んでいて、矢は見事にその泥棒の胸に当たったのでした。このありさまを見た主人は、
    「さても良か人が見えたもんじゃ、今までどがんしても捕まえることのでけんじゃった泥棒を、ふすま越しに射殺すちゅうは」
    と大喜びで、にわか武士の腕前を褒めました。一人の家来が、
    「明日ぁ、狩り山ぁ鹿獲りい行かんばじゃときに、このお方も行たてもらえばようござり申すが」
    と言うと、主人も賛成してとうとうにわか武士を説き伏せました。
     あくる朝、一行は勇ましく狩り山に出かけました。みんなは、一番良いまぶし(鹿を待ち伏せるところ)に、にわか武士を置きました。
     いよいよ狩りが始まりましたが、勢子が追っても追っても鹿は出ません。にわか武士も待ちくたびれて日向ぼっこを始めました。
     ところが、そこへ鹿が飛び出したのです。にわか武士は慌てて立ち上がりました。が、鉄砲の射ち方など知ろうはずがありません。とっさに、鉄砲を力いっぱい鹿に投げつけますと、これが急所にあたって鹿はころりと死んでしまいました。
     にわか武士は、「この鹿ぁ、弾のあとが無か」と言われてもいけないと思って、その鹿の尻の穴に弾を押し込みました。そうしておいて、また「鉄砲の音がせんじゃったが」と言われてもいかんと思い、そばにあった大きな石を下の谷に投げ転がしました。
     やがて、谷底の方から、ズドーン、と大きな音が山中に響き渡りました。家来たちは、
    「うん、あの人が射ったごたる(射たようだ)」
    と言って、駆けつけてきました。見ると、獲物はよつまたの角を持った大鹿です
    「ううむ、やっぱり名人じゃけりゃ」
    と感じ入って、大鹿を触ってみましたがふと誰かが、
    「あば(あれっ)、この鹿はどう調べてみても弾のあとが無かが、不思議なこともあるもんじゃ」
    と、頓狂な声をあげました。そこで、にわか武士が言いました。
    「けつを見れ」
    家来たちは、あらためて鹿の尻の穴を見ましたが、目を丸くして聞きました。
    「こがぁな尻の穴ぁ、なっとして(どうやって)射ち込うだとでござり申すか。」
     すると、にわか武士は落ち着いてこう言いました。
    「これはなぁ、けつの一つ弾ちゅうて、けつに射ちこうだぎりゃぁ、どがぁな大鹿もころりと死ぬとじゃらぁ」
    「へえっ、走ってくる鹿の尻の穴ぁ、弾を射ちこうだちゅう人は、他ぁ聞いたことがなか。この人ぁわざいな(たいへんな)上手じゃけりゃぁ」
     みんな、心からあきれて感心しました。
     その夜は、その鹿を料理してみんな舌鼓を打ちました。ふと思いついたように、主人が、
    「どんじょどけぇな(どこどこには)盗賊が出る、明日ぁそれを退治に行かんばじゃ。おまやぁ武器は何ょう持って行き申すか」
    と聞きました。
     にわか武士は、内心びっくりしましたがそしらぬ様子で、今夜この家を逃げ出そうと考えました。床の間に飾ってある武器の中に小箱が一つあります。にわか武士は主人に向かって、
    「武器は何でもようござり申すが、じゃぁ、この小箱をお借りし申そうか」
    と言うと、主人は喜んでうなずきましたが、さらに、
    「それじゃぁ、馬はどれにめし申すか」
    と尋ねました。にわか武士は、
    「どれでもようござり申す。人を食ろう馬じゃろうと、人をける馬じゃろうと、なんでもようござり申す。」
    と答えました。
     さて、みんなと一緒につい夜更かししたものですから、にわか武士が逃げようと思って馬小屋に行ったときは、もう夜明け前でした。
    「こらぁいけん、早う逃げんば」
    と馬に飛び乗るなり、行く先を考えている暇もなく、馬の尻をたたきました。
     馬は猛烈な勢いで走りましたが、実はその道が盗賊の隠れ家への道だったのです。
     やがて、夜はすっかり明け渡りました。馬上のにわか武士を見ると、盗賊たちはばらばらっと斬り付けてきました。剣術を少しも知らないにわか武士は、思わず手にした小箱を開けてみました。入っているのは何十本もの手裏剣です。
    「こらぁ、良かもんが入っとったけりゃぁ」
    とすっかり喜んだにわか武士は、手裏剣を手にとってはめくらめっぽう投げました。すると不思議なことにそれが全部見事に命中して、さしもの盗賊たちも全滅してしまいました。それを数えてみますと、みんなで三十五人も死んでいるのでした。
    「とんととんと、えぇことをした(やっとすんでよかった)。これで自分も逃げんばじゃ」
    と独り言を言いながら汗を拭いていますと、宿の家来たちが息を切らして駆けつけました。そうして三十五人の盗賊の死骸を見ると、
    「お前が一人で殺したとか、こら、わざいな人がおるもんじゃ」
    とすっかり驚いてしまいました。
     にわか武士も、今更逃げるわけにもいかず、また、元の宿へ帰りました。すると主人が、
    「おまやぁ、この家に居ってもらわんばじゃ、そうして、家来の連中(つれ)に武術を教えてもらわんばじゃ。俺の家は、男の子はのうして(いなくて)、娘一人じゃが、どうか娘の婿になって俺の跡を継いでくれぇ」
    と手をついて頼みました。にわか武士は、
    「おれぇ、武術を教えぇとさえ言わんば跡継ぎになってもようござり申す」
    と一言釘を刺しました。主人は、
    「そらもう、そいでもよか。お前が居ってさえくれぇばそいでよか。ただ、家来の連中のすることをじっと見とっておくらり申せ」
    と答えました。
     そこで、元魚売りだったにわか武士は、その大家の跡を継いで大変いい暮らしをしましたげな。