種子島の民話 「お蝶々、め蝶々」

種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

お蝶々、め蝶々

 むかし、琉球につゆ姫という美しい女の子を持っている王様がありました。つゆ姫はその時年は二十一でしたが、どうしたことか嫁に行こうとはしません。この王様の一番の家来が、八十の年になってから初めて男の子供が生まれ、大喜びでその子に「うめがお」と名を付けました。
 この子が十三になった時、「もう、おらぁ役所勤めはたいそうか(難儀だ)、この子はまだ年は少し足らんが、俺の代わりぃ王様の勤めぇやらんばいけん」と思った老人は、さっそく王様のお許しを得て、自分の代わりにうめがおを出仕させることにしました。うめがおは、こうして初めて親から髪を結うてもらい、立派な衣装を着せてもらいました。
 うめがおがお役所に出ると、その輝くような美しさに、みんながただ見とれるばかりでしたが、なかでもつゆ姫は、一目見ただけでうめがおに夢中になってしまいました。「嫁に行くならこがぁな人に行かんばじゃ」と思い決めました。つゆ姫は早速長い手紙を書くと、出入りの米屋に、「これを、うめがおが役所から帰るとき渡ぁてくれぇ」と頼みました。
 ところが、その米屋はうっかりしてうめがおが帰る時には渡さずに、役所に出るときに渡したのでした。まだ年が十三のうめがおは、つゆ姫の気持ちがわからないで人中でその手紙をひろげたのです。そこにいた大勢の人がそれぞれそのつゆ姫の手紙を読んだので、たちまち噂が広まりました。うめがおの親は、この噂を聞いて心を痛めましたが、王様は王様で「こうなったからにゃぁ仕方がない。うめがおを婿にせんばじゃ」と思いました。そこで早速うめがおの親に「うめがおをくれぇ」と使いを出しました。うめがおの親は、「王様んとこから急の使いとはただならんこっちゃ。あの噂の通りじゃとすればどうしてもこらぁ打ち首じゃ。人手にかけるよりも我が子じゃから自分で殺そう」と決心しました。泣きながらうめがおを言い含めて首を打ち落としました。そしてその首を首桶に入れて、お詫びの手紙と一緒に王様に差し出しました。王様は、あっと驚きました。つゆ姫は、わっとその場に泣き崩れました。やがて我に返った王様は、「人の子を殺してえぇて、自分の子を城におきゃならん」と思いました。よくよく言い聞かせてつゆ姫をうつぼ舟に入れて海に流すことにしました。つゆ姫は、「うめがおの首だきゃぁおれぇ抱かしておくじゃり申せ」と頼みました。こうしてつゆ姫は、うめがおの首を抱いたまま、うつぼ舟に乗って海に出ました。
 うつぼ舟は風のまま、波のまにまにあそこの灘、ここの灘、あそこの島、ここの島と流れ、海がしければ港に、凪れば海にといつしか十四年が経ちました。
 うつぼ舟は、とある緑の島に流れ着きました。すると、気根の垂れ下がっているガジュマルの茂みから、大おのをかついだ海賊が出てきたのです。海賊は、すぐうつぼ舟を打ち割りましたがきれいな女が首桶を抱いているので驚くとともに斧を振り上げました。つゆ姫は一心込めて、「命ばかりはどうか助けておくじゃり申せ」と頭を下げたのですが、「われを助けがなろうか。おらぁ海賊だ」といっこう聞き入れません。「この首だけは十四年たってもまだ生きており申す。それで、この首だけはこのまま生かぁておくじゃり申せ。お金は家に行けばどしこでも上げ申そう。」つゆ姫はこう言ってなおも必死で頼みましたが、「生かぁちゃぁおけん、二人とも殺す。さぁ念仏を言え」と怒鳴ると、海賊は斧を振り上げてあっという間もなくつゆ姫の首を打ち落としました。そして、つゆ姫とうめがおの首を、近くの丘に投げ捨てました。すると、にわかにものすごい羽音がして、ハチの大群が海賊めがけて飛んできたかと思うと下からは、地面も見えないほどムカデの大群がはってくるのです。海賊はたちまちハチの群れに取り巻かれて、きりきり舞いを始めましたが、そこへムカデまで這い上がってかみついたのですからたまりません。しばらくは、ハチとムカデの塊のようになって地面をのたうち回りましたが、やがてあわれな最期を遂げました。
 その後、島の人がつゆ姫とうめがおの首のある所に行ってみますとそこの桑の木にきれいな虫がのぼってしきりに桑の葉を食べています。「なんちゅう、きれいな虫がおるもんじゃちゅう」とその人はしばらく見とれていました。それからまた何日か経って行ってみますと、今度は虫は全てまゆを作っているのです。緑の葉陰に、真っ白なまゆがつやつやと輝いている美しさに、その人が目を見張っていますとまゆが次々にひとりでにわれて中から美しい蝶が飛び立ちます。「さては、つゆ姫とうめがおは蝶々になったけりゃぁ」とその人は、今さらのように仲良く飛んでいるめ蝶とお蝶を眺めました。それからはひとびとは「つゆ姫とうめがおにまゆをうまぁせんばじゃ」と言って、桑を植えました。
 また、この蚕を殺すと殺した人は何かの祟りですぐ死んだということです。