鹿児島ふるさとの昔話
発行所 株式会社 南方新社
発行者 向原祥隆氏
編者 下野敏見氏
「鹿児島ふるさとの昔話」より鹿児島県内各地に伝わる昔話をお伝えします。大河ドラマ「西郷どん」が放映されてから”鹿児島弁”に興味を持たれた方も多いかと思います。”種子島弁”とはまた全然違う方言です。イントネーションをお伝えできないのが残念ですが、文字を読んでお楽しみください。
蟹どんと猿どん(鹿児島市)
昔なぁ、蟹どんと
猿どんが下田ん川ん側で出会やったち(出会ったって)。
「いや、別段変わった事ゃ無かどん、この頃米ん洗汁がゆっ(よく)流れっ来いがよ」ち。
「蟹どん、そんなら、こいから(これから)米を貰っ歩れて、餅を搗こや」ち。
そして二人や連れ出っせえ(連れだって)、川をずうっとのぼっ行っ事じゃったち。
ほしたとこいがなぁ(そうしたら)、若ぇお御女がなぁ、尻ゆ振い振いシンシャッシャ、シンシャッシャち、米を洗ごったち(洗っていたって)。
「こらこら、お御女、そん米をちぃっと私いくいやはんか(私にくれませんか)」ち、言たや
「いや、こんたぁ明日庄屋どんの御坊焚き(火葬、葬式)があっで、くれはなんはん(あげられません)」ち、言たつ(言ったって)。
「お前さぁがくれんなぁ、お前さあん(あなたの)そん見事眉毛ん毛を鋏ん切っど」ち。
「も、そんなら上げもはんなら」ちゅて、米をちぃっとくれたち。
ほしてまた、ずうっと行っごったや(行っていたら)、今度上品な小主さあ(奥様)がなあ、丸髷を結て頭を振い振いシンシャッシャ、シンシャッシャち、米を洗ごいやったち。
「小主さあ、小主さあ、そん米をちぃっとくいやはんな」
「いや、こんたぁ明日祝事使ぅたんで、上げはなぁはん」
「お前さぁがくいやらんなぁ、お前さあんそん見事結上げた髪の毛を鋏ん切っど」ち。
「ほいなら仕方はなか。上げもはんなら」ちゅっせぇ(と言って)くれた、ち。
ほしてまた、ずうっとのぼっ行っごったや、今度ぁ、元気な二歳どん(青年)がなあ、
向鉢巻でまた、シンシャッシャ、シンシャッシャち、一生懸命米を洗おったち。
「二歳どん、二歳どん、そん米をちぃっとくいやはんか」
「んにゃ、こんたあ(これは)、明日ん相撲握い飯ぃなったっで(なるので)くれはなあはん」
「お前がくれんと、お前のそん向脛ん毛を鋏ん切っど」
「うーんにゃ、ほいならくれんならお」ち言て、くれたち。
そげんして、だんだん米が溜まったもんじゃっで、蟹どんと猿どんなまた同所い戻ってきて、
「蟹どん、蟹どん、こいから私が杵を切いけ山ぁ行たっ来っで、お前さぁ米を蒸しごいやらんな(蒸していて下さい)」ち言っせぇ、猿どんは山に行ったわけ。ほして蟹どんな米を蒸しおったや(蒸していたら)、そいが蒸せた頃猿どんがよんごひんご(曲がりくねった)した杵を切っ(切って)、戻っ来やったち。そゆ(それを)見た蟹どんな、
「んーだも(あらまぁ)、そげな(そんな)よんごひんごした杵で餅搗が出来いもんな。私が良かとを切っ来もんで」ち言っせぇ山へ行っきゃったち。
ほしたや猿どんな、もう米は蒸せちょんもんじゃっで(蒸せているので)、そんよんごひんごした杵で餅つ搗っせえ(餅搗きをして)そしてそゆ(そしてそれを)重(重箱)ん中ぇ入れっせぇ柿の木の頂ぇ登っせぇ、もう吾で
「あぁ、旨ぇ、ぐゎあ、ぐゎあ」ちゅっせぇ食おった、ち。其処蟹どんが戻っ来て
「猿どん、猿どん、私にも一っくれんや」ち、言うたや
「お前もここん柿の木の頂迄登っ来やいおう」ち、言たち。
ほして蟹どんな登ろぅちしてみやっどん(登ろうとしてみるが)、如何してん登いがならんもんじゃっで
「お前さぁ、如何して登ったや」ち、言うたや猿どんが
「一方足ぃ足半草履を踏ん(はいて)、もう一方ん足にゃ油をつけっせぇ登ったが」ち、言たち。
ほいで蟹どんな、寸法の短け足半草履を踏ん、も一方にゃ油をつけっ登ったち。ほしたや、なおん事、ずるっぐゎったんしてとても登いがならんじゃった、ち。そしたや蟹どんが
「猿どん、猿どん、おいが家の(私の家の)向かいの爺さん達の言ごらったどんなあ、柿の木の頂で物を食ときゃ、柿の木の小枝ぃ重を掛けっ食えばまだ旨ち、聞たどんなあ」ち、言たち。そいかあ、猿どんな一気(すぐに)そん柿の木の小枝ぃ重を掛くっちしたとこいが、もう、したっち(あっという間)猿どんと重共地駄に(地面に)落ちた、ち。そしたや、蟹どんな一気重を穴せぇ(穴に)ごそごそっちソ引っ込んみゃった、ち。ほいかあ、猿どんな木から降りっ来やっせぇ、「蟹どん、蟹どん、俺にも一っ投げっくれんや」
「お前もここん穴せぇ入っきやはんか」ち。ほっしぇ、猿どんが入ろうとしやったどん、どうも入いがならんもんやっで、
「お前、何処から入ったや」ち。
「あたや、頭かあ、オ(あたまからよ)」ち。猿どんが頭から入ろう、ち、すれば「じかっ」ち、鋏っ。「尻から、オ(尻からよ)」ち言て、尻から入れば「じかっ」ち、尻を鋏ん、手から入ろうちすっれば、「じかっ」ち、手を鋏んだ、ち。そいでもう猿どんな、
「こらもう、俺が悪かったで、許っくいやい」ち、言やったち。蟹どんが出っ来っせぇ、
「ほんなら半分ずっ分けっせぇ、こいから仲良くすいが」ちゅて、食った、ち。
ほいでなあ、猿どんの顔も尻も赤たっち話じゃっど。蟹どんが猿どんを鋏んだもんじゃっで、今も蟹どんの足なんかには猿どんの毛がひっ着っおったっち。
そしこんむかし。