資料館だより

特別編 中種子町郷土誌⑧ 「移民・開拓地①」

 中種子町郷土誌(昭和46年4月刊行)の第一編第二章第二節第三項に「移民」、第四編第二章第二節第三項に「開拓地」についてそれぞれ記載があります。
 そこには、明治時代以降の中種子町の人口増加の一つの要因として「集落の構成及び人口に大きな変動を与えたのは、甑島・桜島・奄美大島や戦後の南洋諸島・満州・台湾・朝鮮などからの移住及び引揚者などがあげられる。」とあります。
 明治19年から21年の3年間で甑島から、明治27年から28年には大島諸島からの移住があり、大正時代の中頃までは移住者も多くみられたようですが、大正7年頃から少しずつ減少していったようです。
 甑島からの移住は、種子島全体で約600戸・2400人位で、そのうち中種子町には100戸・4百数十人程度が既成集落に移住したと思われます。
 西之表市には甑島からの移住者のみでできた集落(伊関・柳原集落、原和・川氏集落)もあるようです。
※郷土誌編纂にあたりまして、移住者(特に南洋パラオからの移住者)の体験談などを伺えればと考えております。自薦・他薦を問いません。社会教育課郷土誌編纂係までご一報ください。