種子島の民話 「一平と貧乏神」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

一平と貧乏神

 むかし、薩摩半島の喜入にぐゎんぐゎら橋という橋がありました。橋は橋でも壊れてしまって渡し舟で渡らなければ鹿児島へは出られないのでした。
 ところで、喜入に一平という刀鍛冶がおりました。この一平は一生懸命に働くのですが、どうしたことか、一向に貧乏から抜け出せません。そして、どうにもこうにもならないままに、年の暮れになりました。売るものといっては、もう一振りの刀しかありません。
 餅もつかず元旦を迎えた一平は、二日の初商いに刀を売ろうと思い、まだ暗いうちに起きて家を出、ぐゎんぐゎら橋に差し掛かりました。
 一平がちょうど橋のたもとに来た時、後から息せき切って走って来る者がいます。薄暗い中ではっきりとはわかりませんが、見慣れぬ小僧がしゃんしゃんと大急ぎで走ってきます。一平は小僧を呼び止めて、尋ねました。
「おまやぁ、どけぇ行くとか、朝早うからしゃんしゃん走って。」
「おらぁ喜入の刀鍛冶、一平の家に居る貧乏神じゃ、一平の奴がどうにもならんから刀を売るちゅうとったから、急いで止めに行くところじゃ。あれが分限者になったら、あの家へはおりゃぁならんからな、早回りして行かんばならん。」
と相手が一平とも気づかずにしゃべるのです。そこで、一平は何げない顔で、
「なしかぁそがんことを。一平はわざい良か人間じゃと聞いとるが、なしかぁ貧乏せんばいけんとか」
と尋ねました。貧乏神はしたり顔に、
「うん、そらぁ一平は良か人間じゃ。じゃが、あのばきい(家内)がどうもいけん。まあ、あの家へ行たて見れ、庭からどこから草はぼうぼう。隣近所との付き合いもせず、人間の住むような家じゃなか。女が笑い声で話すこともなし、よろうて(一緒に)茶を飲むこともなし、取り切って掃除をするでなし・・・・・・・一平は働きもんで良か人間じゃが、ばきいの為に貧乏すっとじゃ」
と答えました。
「ははぁ、そがんもんかな。」
一平は心ではなるほどとうなずきながら、さりげなく小僧が渡し舟に乗るのをみすまして、
「しもうた、おらぁ忘れもんをした。おまえは早う先ぃ行たてくれぇ」
と言うなり、急いで家に引き返しました。一平の家内が、
「おまやぁ、なしかぁ早戻ってきたとか、刀も売らんじい」
とやかましく、言いかかってきました。
「まあ、そう言うな。ここの草をまず取ってしまえ、分けは後で言うて聞かすっから。」
 一平はこう言って家内を急き立てながら、木戸から庭の草を取り始めました。瞬く間にきれいになりました。それから家に入って、箪笥や棚の置き場所を変えたり、ほこりを払ったりしました。家内は、
「なしかぁ、置き場所を変ゆっとか」
ととがめました。
「いやいや、今までのとこぁ場所が悪か、時々は変えてみらんといけん」
と一平は、そのほかの道具も置き場を変えてしまいました。
 こうしてみますと、家は元の家でも、中はすっかり別の家のようです。これを眺めまわした一平は、
「さあ、おらぁ早う出かけんばじゃから、急いで分けを話そう。」
と家内に詳しく話して聞かせました。家内もさすがに恥ずかしさと驚きで黙っています。
「やがて、あの貧乏神の小僧が帰ってくるから、おまやぁ早う近所の人も呼うでお茶もりせぇ」
と言い残して、一平は家を出ました。一平の家内に呼ばれた人は、
「かねてせん人が、どういうことじゃろう」
と不思議に思いながら、寄ってきました。
 そこに小僧が帰ってきました。が、庭に立ち止まって不思議そうにあたりを見回しました。
「家は確かにこの家じゃが」
とつぶやきながら、家の中をのぞきましたが、台所からは賑やかな笑い声や話し声がしてきますので、
「やっぱり家を間違うたける、中は別の家じゃ、それにわざい人がもようて(大変人が集まって)笑うたりしとる」
と言い捨てて、大急ぎで出て行きました。
 一平の方は、急いだおかげでどうやら二日の市に間に合いました。市の商人が、
「お前さんな、どういうふ(運)の良か人か、年の晩に来れば十両にしか売れん刀が、今日は三倍もの値段で売るる、本当にふの良か人じゃ」
と三十両で買うた上に、御馳走までしてくれました。
 一平は大喜びで喜入に戻り、刀鍛冶として次第に名が高くなりました。また、一平の家内も、それからは愛想のよい働き者になって、二人はいい暮らしをしましたとさ。