種子島の民話 「田みなと打ち出の小槌」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

田みなと打ち出の小槌

 むかし、むかし、あるところに子供のないじいさんとばさんがおりました。
 ある日、田打ちに行って畦に腰かけて昼飯を食べていました。すると、どこからかこんな声が聞こえてきました。
「じいさん、ばあさん、おいを養子にしてくれんかよう。」
 二人はびっくりして、あたりを見回しました。そう言ったのは田の水口にちょこんと座っている「田みな」だったのです。面白い田みなもあるものだと、ばあさんが、田みなをちょか(やかん)の中に入れて持って帰りました。
 不思議な田みなは床の間に水盤を置き、その中に水を入れて飾られましたが、晩になると、鈴を転がすような美しい声で歌うのでした。
「こらぁ、わざぁ(大変)良かものぉば拾うたもんじゃ。」
 じいさん、ばあさんは大喜びです。翌朝、
「じいさん、じいさん。町の大きな傘屋に行たて、田みなが歌うと賭けをしてみやんせよ。」
田みながこう申します。じいさんはそれは面白い事だと思って、早速町に出かけました。
「今日はめっかり申さん(こんにちは)。早速じゃばっちぇ、おいがわざぁ珍しか田みなを持っちぇるときに、わんたちゃぁ(あなたたちは)こん田みなが歌をうとうちゅうたら、しきいすっか(本気にするか)。」
「馬鹿んごたることぉ言うな、田みながなしか歌をうとうわけがあっかい。」
「うんにゃ、こん田みなだけはちごうとじゃ。」
 傘屋の主人は妙なことを言うじいさんが、可笑しくもあり、また腹立たしくも思われてきました。
「大すらごとを抜かすな(大それたうそを言うな)。わごう、そん歌を聞いたことでもあっとか。しきい(本当に)、田みなが歌をうとうとなら、こん傘はみんなわぁにやってもよこう。」
 そこで、じいさんは手に提げていたちょかを少し揺らして、
「田みなどん、田みなどん、そいじゃ一つ歌をお願いすっからな」
と優しく、ちょかの中を覗き込んで言いました。やがて、ちょかの中から素晴らしい歌声が響いてまいりました。傘屋の主人は腰を抜かさんばかりに驚きましたが、もう手遅れです。約束は約束で仕方がありません。半分べそをかきながら店中にある傘を一本残らずじいさんに渡しました。
 こうしてじいさんはその後、自分の家で店開きをして傘屋になりました。
 じいさんの家の近くに一軒のおかべや(豆腐屋)がありましたが、その家には年頃の三人の娘がおりました。田みなはそのことをちゃんと知っていたのです。ある日、
「じいさん、おいも嫁さんをもらわんばじゃが、豆腐屋の長女をもろうてくれんか」
と田みなが言いました。これにはじいさんもさすがにすぐ返答するわけには行きませんでしたが、田みなが今までいろいろと暮らしを良くしてくれたことを思うと田みなの願いを何とかして叶えてやろうと考えました。
 じいさんは仲人を頼んでいよいよ豆腐屋の長女をもらいにかかりました。
 ところが、その長女は全然受け付けません。
「田みななんどに、なしかぁ、行かるっか。」
 そこで田みなは、今度は次女でも結構と、じいさんに頼みました。しかし、次女の答えはやはり長女と同じでした。
「あんねぁ(姉さん)が行かんものを誰が行くもんか、どまぁ(私は)田みななんどへ行かんによう。」
 それでは三女でもと、もらいにかかりました。豆腐屋の主人は大変優しい心の持ち主でしたので気の毒に思い、
「これだけ、はまって(一生懸命)言うてくれるものを、わごう行たてくれんかい」
と三女に話しました。三女は姉妹中で一番心も姿も美しい娘でした。おとうさんがこんなに心配しているものをと思い、素直に引き受けました。
 こうして、三女と田みなは夫婦になりました。よそから見ると、なんとも妙な夫婦でしたが、三女は別にそれをおかしいとは思いませんでした。田みなが大変な知恵者で、その言うことには少しの間違いもなく、妻にも優しく、いろいろなことを教えてくれるので本当に幸せな暮らしが続きました。
 ある日、村に芝居がかりました。村の人たちは久しぶりの芝居なので、大人も子供も見に出かけました。田みなの妻も、
「どんもよろうちぇ(私たちも一緒に)、芝居見かぁ行こう。」
田みなは妻の袂に入って一緒に芝居に出かけました。
「のどが渇いてならんから、あの池に入れて水を飲ませてくれ。」
 芝居小屋のそばの池のほとりで田みながそう申しましたので、袂から田みなを出して水際に置いてやりますと、滑るように池の中に潜って行きました。
 すると急に池の水が波立ちはじめ、やがてものすごい大波になって荒れ始めました。田みなの妻は、この大波ではもう夫もおぼれ死にはしないかと、心配でたまりません。
 だが、波が静かになり再び元通りの池になると、ぽっかり水面に田みなの姿が浮かんできました。よく見ると、田みなの小さい口に黄金色に輝く打ち出の小槌がくわえられています。そして、妻の所に戻ってきて、
「こん池が、のっちぃは(さっきは)大しけになったろうが。実ぁ、大蛇が俺を飲もうとしたもんじゃから大蛇の舌をじっと噛みしいでくれたとじゃ。そしたいば、大蛇が腹かぁて(怒って)跳ねくって、大しけになったとじゃらぁ。そん大蛇が持っとった打ち出の小槌じゃ。」
と説明しました。
 打ち出の小槌は皆さんもよく知ってるように、何でも自分の望みが叶えられるというものですが、田みながこう言いました。
「おいを石の上ぇ置いて、ふとか(大きな)男になれと言うて、力いっぱい打ち割っちぇくれ。」
 そこで言われた通り妻が打ち割りますと、パッとまばゆい光がきらめいて一瞬のうちに目の前に、たいそう美しく立派な若者が現れました。あっと妻は驚きました。しかし、この方が自分の夫かと思うと嬉しくてたまりません。
 二人はにっこり微笑みあって芝居小屋に入りました。見物人たちは、今入ってきた若者夫婦の美しさに、
「こらぁ、何処からおくだりなったよかしじゃろうか」
と芝居をそっちのけにして囁き合いました。
 二人が連れだって家へ帰ると、じいさん、ばあさんはびっくりして、
「わごう、あん田みなはどがぁやって(どこにやって)こういうきれいか方を連れてきたとか。」
 若者が穏やかな微笑みを浮かべてこう言いました。
「じいさん、ばあさん、心配召し申すな。実は、私があの田みなです。ある訳があって田みなになっていたのです。今が自分の本当の姿です。妻から打ち出の小槌で叩かれて、お蔭で元の姿に返ることができました。」
 その話を聞いたじいさん、ばあさんの喜びようは大変なものでした。
 打ち出の小槌の力で、その後この一家はますます幸せな暮らしを送ったということです。