鹿児島ふるさとの昔話 「分限者どんの掛け札」

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鹿児島ふるさとの昔話

発行所 株式会社 南方新社
発行者     向原祥隆氏
編者      下野敏見氏
「鹿児島ふるさとの昔話」より鹿児島県内各地に伝わる昔話をお伝えします。大河ドラマ「西郷(せご)どん」が放映されてから”鹿児島弁”に興味を持たれた方も多いかと思います。”種子島弁”とはまた全然違う方言です。イントネーションをお伝えできないのが残念ですが、文字を読んでお楽しみください。

 

 

分限者どんの掛け札

 むかし、むかし、なあ、何処(どっ)かそん、兄弟(きょで)三人おっ(とこい)があったっじゃしと。
 とこいがそん、上二人(うえふたい)兄達(あにょたち)ゃ、焼酎好(しょつす)っでなあ、働いた(ぜん)な、何時も飲代(のんで)に消ゆったしと。一番下(いっばんした)(おとち)ゃ、(ぜん)ぬコツコツ()むっ(ふと)で、また、生き(もん)可愛(むぞ)がっ(ふと)じゃったち。
 ()中に(なけ)、イーヤイがぞろぞろ()()っさえな、イーヤイち、知っちょいやひか(知ってますか)。イーヤイはな、家蟻(いえあい)(こっ)じゃいがな。
 そしたや、兄達(あにょたっ)()ゆ掴まえっ、つまん殺そ、つ、すっとごわいな。(おとっ)が、
「あたいが銭ぬ上ぐっで、どうか放してくれ」ち、言うとごわしちな。ほして家蟻を助けたわけじゃしと。
 何日(なんち)かして今度は(こんだ)(だい)猪を罠(いのしすわね)かけて、そん(いのしい)がばたばたしおったちな。そしたや、(おとっ)が、
「そん(いのしい)(ゆり)てくれ、(ぜん)な、どしこでん(いくらでも)(はる)で」
()たち。ほうして、放してやったげな。
 そしたや、また何日(なんにっ)かして、今度は、熊蜂(くまばっ)の巣を(けむい)(すめ)て、其ゆ取ろとすい人がおったちなあ。そしたや弟がまた、
「そん熊蜂の巣は取らんでくれ。銭なあたいが、如何程でも出(どしこでんだ)すっで、どうか取らんでくれ」
と、いうとこいやっちなあ。そゆ聞いた兄達ゃ、
「あはははは、俺家の(おいげん)(おと)ちゃ、近頃、ますますおかしかどね。(はっ)どん助けて(ない)なっどかいね。あはははは」
(わる)とこいじゃしち。
 とこいで、、近か所に(ちかかとこれ)、分限者どんも分限者どんの、大変(わっぜぇ)(ぜん)持っがおいやって、其処に(そけ)、こらまた別嬪さんの(むいめ)じょに婿養子を取ろと思じょったが、こしこん財産ぬ見ぃには、(びんた)ん良か婿が良かと(かんげ)っ、婿取いの掛け札を掛けやしたげな。掛け札にゃ、
「前ん畑ぇ粟を一俵ひっくい返したが、こん粟を一朝で一粒残らじ(ふる)た人を、婿に取い」
とあった、と。そしたや、俺こそ婿ぃなろち言っ、二人の兄達も混じっせえ、今日(きゅ)も明日も、若者(わけもん)が来て、畑をひっくい返えちぇ、粟ん実を(ふる)う事じゃしたげな。そいどん、何日拾(なんにっふる)ても、(だい)(ふる)きらんじゃしたち。
 も、(だい)もおらんか、と皆が噂をすっ処に(とこれ)そん弟がやっ来せぇ、
「あたいも拾っみもそ」
と言て、畑、入って行たち。そしたや、何も拾わんうち、眠気(ねぶけ)が来たっじゃいげな、でや。
 弟ゃ、畑ん中ぇ、ぐうぐう昼寝(ひんね)ってしもて、一時(いっとっ)しっから目覚めて(おずんて)見たぎいにゃ、魂消(たまが)ったこち(びっくりしたことに)、大変(あばちぇん)なか蟻が来っ拾っせぇ、も、(かまげ)ん中入れっ、(くび)いばっかいしちぇ、そして蟻達(あいたち)ゃ、何時の()かそこ辺にゃ居らん(こっ)じゃったち。
「うーんにゃ、こら有難事(あいがてこっ)じゃ」と弟ゃ言た、と。そしたや、分限者どんな、も一つ掛け札を出っせぇ、
(うしと)ん畑を一日んうち()っくい返した(もん)ぬ婿養子にすっ」
と言う所じゃしたげな。とこいが、そん畑は広して、またやっ来た兄達じゃら若ぇ衆(わけし)が、我も我も、ち、犂てみたどんかい、犂っくい返しがなっ事どましちぇ、じゃったげな。
「も、誰もおらんか」
と言うとこいで、また(おとっ)が、
「あたいもしてみもそ」
と言て、畑ん中、入ったとこいが、また、眠気(ねぶけ)が来てそら(ねぶ)かったち。
 ほいで、牛ゃ其処に(そけ)(つね)昼寝(ひんね)をしっせぇ、一時(いっとっ)して目覚めて(おずっ)見したげなでや。ほしたや、(いのしい)が何百匹も来っせぇ、畑中、ずるっ掘っくい返っ、立派な畑、しちぇったげなあオ。そしたや、分限者どんな、
「んにゃ、お前は(まや)、感心じゃいが、じゃっどん、(おい)げん財産な太かで、もう一度(いっど)、掛け札をすっ」
と言て、
(おい)げん山ん杉木(すんのき)の数、一日(ひして)んうち数え取(かんぜと)った(もん)をば婿にする」
と言やしたげな。
 分限者どんの山は何十町歩もあったっじゃいげな。そら、大変(そがらし)か数の杉木(すんのき)があったちで。二人(ふたい)兄達(あにょたっ)やら他ん衆(ほかんし)もまた来て、雇人(やてど)をしたいしっせぇ、(かんず)っとこいじゃっち。そいどん(かんぜ)とい(やち)ゃ、一人(ひとい)も居らん(こっ)じゃひたげな。
「も、(だい)も居らんとか」
ち、言所に(ゆとこれ)(おとっ)がやっ来たち。
 (おとち)ゃ、二、三本(かんぜ)たや、またもう、眠気(ねぶけ)が来て、山ン(なけ)、寝っちょしたげな、でや。そして一時(いっとっ)しっせぇ、目覚(おずん)で見たぎいにゃあ、熊蜂(くまばっ)が、
「きゅうまんぼん、九万本、ぶんぶん、ぶんぶん」ち、()、居したげな。
「んにゃ、こわ(これは)、良事(えこつ)した」
と思っ、走っ行たて、
「旦那さん、旦那さん、あん杉ゃ、あたいが(かんぜ)っ見りゃあ、九万本じゃいごちゃっ」ち。
 分限者どんな、ただ今ん小間(こめ)、人を沢山頼(ずばったの)っせぇ、(かんぜ)っ見やったぎいな、丁度(がっつい)九万本じゃったいげな、でや。掛け札はこいですんだかと思たや、も一っ、あしたげな。分限者どんの木戸口ぃ、ひょうたんぬ沢山(どっさい)下げちょいやったじゃひげな。そんひょうたんに水を入るれば、どしこ入っか言切らんな、ならん事じゃしたげな。
 また、我も我もとみんな来て当つっどん、一人も当てはならん事じゃしたげな。弟ゃ、こゆ当てんな婿な、なやならんと思て、藪ん中行たっ、隠れっ、考えちょしたげなでや。そしたや、平常(かねっ)可愛(むぞ)がっ居った(もい)の子が、守ゆしながらそばを通いかかったち。ほして、
(おい)()んひょうたんな、一斗二升五合(いっとんしゅごんご)入い。ほぃ、ほーい、ほいほい」ち()て行たち。
「んにゃ、こら良事した」
と思たどん、弟ゃ、一気な言わじ、あくい日行たて、
「旦那さん方ん、ひょうたんな、一斗二升五合入っとっじゃい(ごた)っ」
ち、()たや、分限者どんな、
「じゃっ」ち、言わしたげな。そして、
「んにゃ、こわ、お前が様な奴ゃ、誰じゃん居わんじゃった。お前、俺が家ん婿どんになっくれ」
と言わったげな。そして弟ゃ、分限者どんが家ん別嬪さんの婿どんになっ、良か世帯を持っちゃった、つ事、じゃったち。そしこん、むかし。