種子島の民話 「鳩ケ瀬」

種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

鳩ヶ瀬

 今から四百年ぐらい前のこと、種子島の赤尾木(あこうぎ)という港に見慣れない大きな船が現れました。赤尾木というのは今の西之表で大昔から日本と中国を結ぶ船の寄港地として大事な港でした。
 ですから、赤尾木の人々は唐の国の船は時々見ているので驚くことはないのですが、今度の船は今まで見たことのないものでした。
 聞き伝えた人々は、城ノ浜(じょうのはま)や高台に集まって、沖の船を眺めては噂話の花を咲かせていました。沖の馬毛島の緑を背にして、異国船は不気味な姿で赤尾木をにらんでいるようです。
 突然、沖の船から雷のような響きが轟渡ると、たちまち海岸の石垣が土煙をあげて崩れたのです。
「うわぁっ」
「きゃぁっ」
と、口々に叫んで人々は我先にと逃げ散りました。
 赤尾木の城中ではにわかに大騒ぎとなりました。庭には武士たちが詰めかけ、城中では城主を中心に大評定(だいひょうじょう)が始まりました。
 しかし、この恐ろしい石火矢(いしびや)を持った海賊船には何の名案も浮かびません、その間にも、沖の船から打ち出す石火矢は、ごうごうと島を揺るがします。
 評定は万策尽きて、みんな黙り込んでしまいました。その時、静かに登城してきたのは、城主の弟の日源上人(にちげんしょうにん)でした。上人は島の仏教の総本山にあたる慈遠寺(じおんじ)の住職でした。上人は城主に向かって
「これは種子島初めての大事にござります。船は唐の国よりもさらに南の方にある異国の海賊船と思われます。武力ではとても勝利は望めません。この上はただ神仏のお力にすがるほかはありません。どうか私に、賊船退散のの加持(かじ)をお許しくださいますよう」
と願いしました。
「効き目の無いときは」
と城主が真剣に聞きました。
「その時は私自ら賊船に火をつけましょう」
と日源上人はきっぱり答えました。
 赤尾木の港の正面にある慈遠寺では早速護摩(ごま)の火が焚かれ、お祈りが始まりました。そうして何時間か経ちました。港は次第に日が暮れて、慈遠寺の護摩の火が一段と煙をあげました。
 ところが、賊船のいい目標になったのかもしれません。一発の石火矢が、声高らかに読経しておられる上人の体を、その場に打ちひしいでしまったのです。
 居合わせた人々はハッと声を飲みましたが、その時、慈遠寺の北側の丘にある八幡神社の鳩が、バタバタと舞い降りてきたかと思うと、護摩の火をくわえて、また羽音も高く舞い上がりました。
 そして、暫く港の瀬に羽を休めていましたが、やがて飛び立つと矢のように沖の海賊船めがけて飛び去りました。
 人々は息をするのも忘れて鳩の姿を見守っていましたが、突然真っ赤な火柱が海賊船から吹き上がり、続いてものすごい音が島を揺るがしました。やがて人々が目を開けた時、沖にはもはや海賊船の姿はありませんでした。
 それから、鳩が羽を休めた瀬を「鳩ヶ瀬」と呼ぶようになりました。