種子島の民話 「和尚と新発意(しんぼち)」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

和尚と新発意

 昔、ある寺に年は七つの新発意の小僧がいました。
 ある日、川向こうの家から死人があるから祭りに来てくれと使いが来ました。
 そこで和尚さんは、新発意の小僧をお供にして出かけました。途中の川まで来ますと、木の上に竹を置き、その上に泥を置いた泥橋がかけてありました。
 ところが、橋の口に札を立てて、
「くるはしを通るな」
と書いてあるのです。和尚さんはそれを読んで、大変困った様子で、
「こら新発意、この橋を通るな、と書いてあるが、なっとすれば良かかなぁ」
と相談しました。小僧もすっかり困った様子で、
「和尚さん、仕方が無か、馬を泳がせて川を渡らんばじゃなぁ」
と言いました。和尚は思い切ってざぶざぶと川に入っていきました。小僧は和尚が渡るのを見てから、
「おら、もう真ん中を通る」
と言って、橋の真ん中を通りました。これを見た和尚が怒って、
「おまやぁ、なしかぁ俺ばかり泳がせて、自分な橋を渡ったか」
と言うと、
「いや、おらぁはしを通らんじぃ真ん中を通って来とう」
と小僧はすまして答えました。
「おれぇもそれを早う言うもんじゃ」
と和尚はぷんぷん怒って、先を急ぎました。しばらく行くと、木戸に小さななたとござを置いてある家が見つかりました。小僧は、先の方をずんずん行く和尚さんを呼びました。
「和尚さんな、どけぇ行かっとかぁ」
「知れたこと、祭りぃ行くとじゃ」
と和尚は怒鳴りました。すると、小僧は
「祭りぁこの家じゃらぁ、ほら、こなたござれや、ちゅうて書ぁてあんどう」
と小なたとござを指して見せました。和尚はそれでも不思議そうに、小僧の後からその家に入って行きますと、
「和尚様、これはようこそおじゃり申した。でも、ようこことわかり申したな」
と家の主人が聞きました。
 和尚は、ちょっと笑っただけで、部屋に通ると小僧に、
「新発意、わごう、なにやかにやと口がましゅう語んなよ」
と口を止めました。
 いよいよ料理の膳が出ると、祭りの座見舞いの人が、
「新発意は、お椀の蓋を取らじぃ、中の身を召し上がれ」
と小僧に向かって言いました。
と小僧に向かって言いました。ところが小僧は落ち着いたもので、
「くゎんす(やかん)の蓋を取らじぃ、お湯を一杯」
と茶碗を差し出しました。昔のくゎんすは口がなく、鍋のようなものだったのです。
 これには座見舞いの人もすっかりまいって、それからは小僧を試すようなことはしませんでした。
 その祭りの帰りに、和尚は小僧に向かって、
「わごう、あしこ(あれだけ)注意しておいたてぇ、よう語るもんじゃ、これからは余計なことはしゃべんな、物は見捨て、聞捨て、というもんじゃ」
と言いました。
 やがて、馬の上の和尚は、いい気持ちで居眠りを始めました。そして頭巾が落ちたのにも気が付きませんでした。しばらく行ってから気が付いて、
「こら新発意、俺が頭巾が無かが、わごう気が付かんじゃったか」
と小僧に尋ねました。小僧はけろりとして
「和尚さんな(和尚さんは)今さき、ものは見捨て、聞き捨て、と言わっとう(言われたよ)、じゃから俺ぁ見捨てて置ぇとう」
と答えました。
「新発意、俺の馬からあえた(落ちた)もんなら、何でも拾うてくるもんじゃ」
と和尚は小僧を叱りつけました。頭巾を拾いに引き返した小僧は、途中、馬の糞が落ちているのを見ると、それを頭巾に入れて
「はい、和尚さん」
と差し出しました。和尚さんはかんかんに怒りました。しかし小僧は平気なもので
「じゃばって、和尚さんなたった今馬からあえたもんな何でも拾うて来いと言わっとう」
と答えました。これには和尚も返す言葉がありません。和尚はむっつりとして寺に帰りました。
 ある日、まじないをしてもらいたいという客がこの寺にきました。寺には、祭りでもらった餅がまだだいぶありました。和尚は小僧に向かって
「新発意、お客に餅を焼ぁて出すときは一つか二つでよかもんじゃ。そうじゃ、俺が「さて」というときは一つ、「さてさて」と言うときは二つ焼け」
と言いつけました。ところが、この和尚は「さて」が口癖だったのです。
 呼ばれて客が入ってきました。小僧も思わず目をつむったくらい、その客は全身におできができているのでした。和尚もこれにはびっくりして「さてさてさて・・・・・・」
とやたらに続けました。小僧は、ばら(大型で平たい籠)いっぱいの餅を焼きました。
「和尚さん、餅が焼けたどう」
と言いながらそれを持ち出しました。
「なしかぁか、こら」
 和尚はそれを見ると、思わず怒鳴りました。小僧は相変わらず平気で
「和尚さんな、のっちぃ(さっき)「さて」と言ったら一つ、「さてさて」と言ったら二つ焼けと言わっとう。ところが、「さてさて」を何度言わったもんか、これでも足らんぐらいじゃばって」
と言いました。
「われっ(きさまっ)」
と和尚が立ち上がった時は小僧は餅を抱えて逃げ出していました。
 また、ある日のこと。餅好きの和尚さんは、思い切り一人で餅を食べようと思うと矢も盾もたまらなくなりました。
 寺の縁側から眺めると、前の田んぼは丁度「ほいとう」の最中です。この「ほいとう」というのは、昔種子島で行われたもので牧場の馬を何十頭も田植え前の田に追い込んで踏ませ、田を柔らかにすることなのです。
 和尚はふと思いついて、小僧を呼びつけると
「新発意、そこの前ん田ぁ「ほいとう」があるから見て来んかよう」
と言って、にこにこと作り笑いをしました。小僧は
「ははん、和尚は俺を追い出ぁて一人で餅を食うつもりじゃけりゃぁ」
と思い、喜んで「ほいとう」を見に行くふりをしてそっと床下に隠れました。和尚は
「新発意がおらんうちぃ、餅を腹一つ(腹いっぱい)食わんばじゃ」
と独り言を言いながら、そうけ(かご)いっぱいの餅を持ち出して、地炉で焼き始めました。床下から様子を窺っていた小僧は、もういいじぶんと
「和尚さん、今戻ってきた」
と台所から何食わぬ顔で言いました。和尚はすっかり慌てて
「わごう、早戻って来たとか、ように(よく)見てくればよかものぉ」
と言いながら、大急ぎで地炉の餅に灰をかぶせました。小僧は、地炉の中をのぞきながら
「ほいとうは、もう済んでしもうとう」
と言うと和尚は
「早済むもんか、そいじゃぁ、どがぁにしたか言うてみれ」
と小僧を睨みつけました。小僧はもともと「ほいとう」は見聞きして知っていましたから、地炉の火箸を取ると
「こけぇこがぁして馬を入れて」
と言いながら、火箸で地炉の灰を掘って行きました。
「ほーいほーい、えーほいほい、ほいほいえー、ほいとー、あばっ(あれっ)、こけぇにゃぁ餅があるもんない(あるわい)。」
小僧は掘り出した餅を火箸に突き刺して見せました。和尚は苦い顔で、それでも仕方なく
「わごう食え」
と言いました。小僧は、うまそうにそれを食べ終わると
「鼻ひきが大将馬を引いて、ほいほいえー、えーほいいほい、ちゅうて行けば、後の馬ぁむらっと(群れて)ついてくらぁ、ほーいほーい、ほいとー、あばっ、こけぇも餅が一つあったや」
こう言って、小僧はまた一つ餅を火箸の先に突き刺して出しました。和尚は残念そうな顔で
「それも、わごう食え」
としぶしぶ言いました。
 こうして、小僧は火箸で「ほいとう」の真似をしながら、せっかく和尚が焼いていた餅をみんな食ってしまいました。和尚は、開いた口が塞がらないで小僧がうまそうに食べるのを見ているばかりでした。
 この和尚さんは評判のけちんぼうで、好物といえば、餅と塩辛と甘酒、それと雑炊でした。
「新発意、今夜もぞうしぃ(雑炊)を煮れ」
と和尚が言いました。もう何日も雑炊ばかり続いているので、小僧の腹の虫がおさまりません。
 どうしたら和尚さんが雑炊を食べなくなるかと考えた末、その夜の雑炊には思い切って味噌と塩をたくさん入れました。
「こら、辛かぞうしぃじゃ」
と言いながらも、和尚さんは腹いっぱい食べました。
 小僧はそれから、台所から水をすっかり捨ててしまいました。かめや鉄瓶の水も・・・・。そして自分は泉(かわ)に行って、そこの踏み板の下にしゃがんで隠れていました。
 夜中になると、和尚は喉が渇いてたまりません。台所を探し回りましたが、水がないので柄杓を持って泉にやってきました。まず泉の神に
「泉の神様、新発意がわざい辛かぞうしぃをしたので、喉が渇ぁてたまり申さん。どうか水をおくらり申せ」
と祈りました。
 すると、突然に和尚の柄杓を持った手が濡れた冷たい手に掴まれました。ぎょっとして立ちすくむと
「俺は泉の神じゃ。この夜夜中ぁ、水を汲むちゅうことは何事か。お前がけちにあって、ぞうしぃばかりするからじゃ、今からもぞうしぃをするか、すればたった今、泉さなぁ引っ張り込うでやるが」
和尚は歯をがちがち鳴らしながら
「もう、かんまぁて(絶対に)明日からぞうしぃはし申さんから、許しておくらり申せ」
と手を合わせました。
「よし、そんなら許してやろう。水は思う存分飲んで行け」
和尚はその声の方を三拝九拝して逃げるように部屋に戻りました。あくる朝和尚は
「ゆうべは、新発意がわざい辛かぞうしぃを食わするもんじゃから、大変な目ぇおうた。なしかぁ(どうして)庫裏にゃぁ水を置いてとかんとか。喉が渇ぁて泉ぃ水飲みぃ行たところが、泉の神様がとがめらってや、夜の夜中ぁ水飲みぃ泉に行くもんじゃなかけらぁ。そうじゃ、新発意、今日からぞうしぃはすんな、飯を炊けよ、飯を」
と言いました。小僧は、これで嫌な雑炊から解放されてペロッと舌を出しました。
 その後この寺にもまた二人、新発意が入り小僧にも弟分ができました。
 ところで、和尚のけちん坊は相変わらずで、ある日、甘酒をたくさんこしらえて、こっそりと自分一人で食べていました。そして新発意達には
「これを食えば子供は死ぬるもんじゃ」
と言い聞かせました。
 和尚さんが檀家に行った留守、掃除をしていた新入りの小僧が和尚さんの大事な花鉢を取り落として割ってしまいました。
「うわっ、こらぁ大変な事をした。和尚さんの大事な花鉢を和ってしもうとう(割ってしまったよ)」
と新入りが、兄貴分の小僧に泣きついて来ました。
「心配すんな、おれぇ良か考えがあるから」
と小僧は新入りを慰めてさて何をするかと見ていると和尚が大事に隠している甘酒の壺を持ち出してきました。そして、
「さあ、これを腹いっぱい食うとじゃ」
と言いました。二人の新弟子はびっくりして
「そがぁなことぁいたぎり、和尚さんに叩きくらまさるんどう(叩きのめさるよ)」
と尻込みしましたが、兄貴分が
「いや、一つも心配はいらん、おれぇ任せとけ」
と言って、甘酒を食べ始めました。新入りもそのいい匂いに引き込まれてどんどん食べ始め、瞬く間に壺は空っぽになりました。
 和尚が寺に戻ってみますと新発意たちがおんおん声をあげて泣いています。はてな、と見回すと、大事な花鉢は割れ、おまけに甘酒の壺は空っぽになって転がっています。
「こりゃぁ、なっとしたことか新発意」
と和尚は割れ鐘のような声で怒鳴りつけました。小僧はしゃくりあげながら
「はい、掃除しよって和尚さんの大事な花鉢を割ったもんじゃから、死んでお詫びしようと思うて甘酒を飲うでみたばって、まだ毒が回ってこん。和尚さんともこれでお別れかと思うと悲しゅうなって」
とまたおんおん泣き出しました。和尚も腹は立ったものの、見事にしてやられて、すっかりあきらめてしまいました。
「馬鹿、泣くな。甘酒で死ぬるちゅう話がどけぇあるか、良か良か、花鉢ももうあきらめとう」
と新発意たちを許しました。
 ところが、小僧たちは和尚がやっぱり隠れて食うている塩辛を腹一つ食うてみたいと考えました。
 和尚の留守を狙って、塩辛をごっそり食べ、それをくゎんすの口にも少し塗っておきました。和尚は、帰ってきて部屋に入りましたが、しばらくすると大変な声で
「新発意、わごう、今日は塩辛を食うたな」
と怒鳴りました。小僧は平気で答えました。
「いやぁ、おらぁ食わん」
和尚は膝を乗り出して、
「そいじゃぁ、何が食うたか」
と詰め寄りました。
「おらぁ食わんが、くゎんすが食うた」
と小僧は、にやりと答えました。
「なしかぁ、くゎんすが塩辛を食うたか」
「そんでも食うた」
いくら問答しても埒があきません。小僧は、口に塩辛を塗ったくゎんすを持ってきて
「こら、このとおり食うとる」
と言うと、和尚は火箸を取っていきなりくゎんすをたたきました。
  くわーん  くわーん
と音がしました。そこで和尚は
「こら聞いたか、くゎんすは食わん、食わん、と言うじゃなっか」
と得意げに言いました。すると、小僧はやかんを睨み付けて
「こら、くゎんす、がっつり(本当に)塩辛を食わんじゃったか」
と怒鳴りましたが
「よしよし白状させてやる」
と言って、くゎんすを水がめの中に突っ込みました。くゎんすは沈みながら、
  くたくたくた・・・・・・
と音を立てて泡を吹きました。
「ほら見れ、和尚さん。くゎんすが食た食たと言うじゃなっか。」
小僧はそう言って、にやりと笑いました。
「うーむ」
とうなった和尚は、すっかり兜を脱いで
「なるほどなぁ、くゎんすも塩辛を食うもんじゃけりゃぁ」
と言いましたげな。