種子島の民話 「灰かぶり灰太郎」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

灰かぶり灰太郎

 むかし、あるところに子供のない夫婦がありました。子供が欲しくてたまらないので、ある日妻は神様にお参りして、
「神様、どうか子供を授けてたもうれ」
と祈りました。すると神様が、
「そいじゃぁ、子供を与えてやるが、その子が三つになる時ゃ、わごう(おまえは)死ぬがそれでも良かか」
とおっしゃいました。
「それでも良うござり申すから、どうか子供を授けてたもうれ」
と妻は答えました。
 願いが叶ってやがて二人の間に本当に子供が生まれました。それはそれはきれいな男の子でした。
 夫婦はいろいろ相談した挙句、花のようにきれいな子じゃから、というので「花千代」と名をつけました。
 花千代が三つになった時、おかあさんは神様の言葉通り亡くなりました。そうして、やがてその後にままお母さんがきました。
 そのうちに、後のお母さんにも男の子が生まれました。それで、花千代がこの家の跡を継ぐのかと思うと、花千代が憎くてなりません。そして何を考えたのか、仕事はまるでしないで寝てばかりいるのです。
 おとうさんは、
「わごう、どうして今日も今日も寝とっとか、易者にでも行たてみれ」
と言いました。
 その晩、おかあさんはおとうさんに、
「今日易者に見てもろうたれば、花千代の生き肝を取って食えば、どんが(私の)病気は良うなると言うた」
と言いました。それを聞いてお父さんはびっくりしましたが、
「よし、そんなら明日花千代の肝を取って食わすっから」
と言って、さて、その翌日の夕方
「ほら、花千代の生き肝じゃ」
と、血のしたたる真っ赤な肝を差し出しました。実はこれは犬の肝だったのです。
 そうして、花千代はこっそり逃がすことにしました。
 花千代が立派な着物を着て、いよいよ父と別れるとき、日の丸の扇子であおいだら、天から金覆輪の鞍をおいた明け三才の駒がおりてきました。駒はひざを折って、花千代に乗れとすすめます。花千代はおとうさんに別れを告げると、その駒にまたがって後を見返りながらみるみる遠ざかっていきました。
 花千代は、こうして見知らない野山をどんどん駆けていきましたが、そのうち、とうとう日が暮れてしまいました。どこに泊まろうかと迷っていると、どこからともなく
「花千代よー、花千代よー」と女の声がします。驚いている花千代の前に、やがて一人の女があらわれて、
「おらぁ、わごう生んで、わぁの三つになった時に死んだお母さんじゃ、こんにょう(今夜は)一緒に寝よう」
と言いました。
 花千代は馬を近くにつないで、柴を敷いて休みました。一晩中おかあさんは花千代を膝に抱いてくれました。そして翌晩も、また次の晩も、同じように花千代を慰めてくれました。ところが、三晩めに
「おらぁ、今夜限りもう来んからなぁ、わごう待つな」
と言って、それから小さな木の箱をくれました。
「こん箱は、うれしか時開けて見っとじゃっど。」
そして、
「こっからずっと行けば、奥山ぁ(奥山に)ばあさんがおっから、そけぇ泊めてもらえ」
と言いました。
 花千代は夜が「明けるとまた馬にまたがってずんずん行きましたが、いつのまにか日が暮れてしまいました。それでも進んで行くと、向こうに灯がぼーっと見えだしました。近づいてみるとそれは小さな藁ぶきの家でした。
「ごめんなり申せ、今晩こけぇ泊めてたもれ」
と声をかけますと、中からばあさんが出てきました。花千代が立派な馬を引き、しかも素晴らしい姿なのでばあさんはびっくりして、
「ここはきさなか(汚い)から泊めることはでき申さん、この道をずっと行けば先ぃ長者どんの屋敷があっから、そこさなぁ行くが良か」
と断りました。でも花千代が、
「どうか止めてくれ」
と」一心に頼むと、
「そいじゃ、仕方が無か」
と、とうとう泊めることになりました。すっかり落ち着いた花千代は、ばあさんに今までのことを話して、その長者どんの家の召使いにでも使うてもらえないものかと尋ねてみました。
 ばあさんはしばらく考えていましたが、
「そうじゃなぁ、召使いが今三十四人じゃばって、三十五人にせんばじゃと言いよったから、使うてくれるかもしれん。それでも、こがぁなきれいな子は長者どんも使わんじゃろうから、顔を変えてくれんばじゃ。」
と言いました。
 その夜はそれでゆっくり寝て、さてその翌朝、ばあさんは花千代の髪をわざともじゃもじゃにし、その上、頭から足の先まで、灰を油に混ぜて塗り立てました。着物もばあさんのしわくちゃのを着せましたから、二目と見られないような乞食姿になりました。
 こうして花千代は、ばあさんに連れられて長者どんの家に行きました。
「この子を使うてたもれ」
と、ばあさんは長者どんに丁寧に頼みました。すると、長者どんは
「うん、丁度良か時じゃった、風呂焚きが一人欲しかところじゃった」
と言って、早速使ってくれることになりました。
 それから花千代は、ばあさんの家から長者どんの家に一日も欠かさず通いました。
 そうして、いつも頭から灰をかぶりながら陰日向なく一生懸命働きました。また、ちょっとでも暇があれば、灰の上に字を書いたりして勉強を怠りませんでした。ところが、他の三十四人の召使いたちは、花千代がいつも灰をかぶって汚い恰好をしているので、
「灰太郎、灰太郎」
と馬鹿にしていました。そして自分の仕事も、
「灰太郎、この仕事をせぇ」
と言いつけて、自分たちは遊んでいるのでした。でも、花千代はいくら灰太郎といわれても少しも気にしないで、「はい、はい」とよく働きました。
 こうして、数年の月日が流れました。
 ある日、久しぶりに村に芝居の一座がやってきました。長者どん夫婦も、召使いも、みんな見物に行くことになりました。
 ところが、長者どんには一人娘があって、あいにく病気で寝ているのです。芝居見物に連れて行くわけにもいかないので、その世話は灰太郎がすることになりました。
 やがて、みんなはそれぞれ着飾って出て行きました。すると、
「どんも(私も)芝居見かぁ行こうか」
と、突然病気の娘が起き上がって言うのです。花千代はびっくりしましたが、娘が本当に元気な様子なので、すっかり嬉しくなりました。そして、
「そいじゃ行こう。じゃばって(だけど)、どまぁ(私は)あまりきさなかから(汚いから)、ばあさんの家に行たて、着物を着替えるから」
と言うと、娘も一緒に行くと言い出しました。二人が急いでばあさんの家に行くと、ばあさんは大喜びで湯も沸かしてくれました。
 こうして体を洗った灰太郎のきれいな事といったら、それこそ輝くくらいです。さすがの長者どんの娘もびっくりしてしまいました。
 この時、花千代はふと、「嬉しか時開けて見れ」と、死んだお母さんが言った箱を思い出しました。早速持ち出して開けてみました。すると、中からパッと光が差して、「青葉の笛」と「かくれ笠」の二つが出てきました。
 そこで花千代は、立派な衣装を着、かくれ笠を深めにかぶり、青葉の笛を吹きながら、美しく化粧した娘と並んで、芝居の所に行きました。
 すると、芝居見物に来ているたくさんの人たちは、芝居はそっちのけに二人を眺めて、
「なんという人じゃろうか、こがぁな立派なお方は見たことが無か。山の神様じゃなかろうかい」
などと、囁き合うのでした。
 二人は素知らぬ顔で芝居を見ると、他の見物人より一足早く帰って行きました。花千代は灰をかぶって元の灰太郎となり、娘は布団をかぶって寝込みました。
 やがて、芝居見物から帰って来た召使いたちが、
「灰太郎、今日はなぁ、きれいなおなご(女子)と立派な男が出てわした(出ていらした)が、わぁもまぁ、あの姿を一目見らんじぃ、ごうらしなげぁ(可哀想に)」
と、口々に言いました。
「おらぁ、灰をかぶって昼寝しとった方が良こう。じゃが、芝居は明日もあんどうか(あるだろうか)。」
「明日もあっちゅうが、わぁも行かんか。明日も灰をかぶって姫の世話で家に居ることかいなぁ。」
召使いたちは、いかにも灰太郎を憐れむように言うのでした。それに答えて、
「おらぁ、一生灰太郎じゃから、灰をかぶって風呂番をするから、わが(あんた)たちは行たて見てくれば良こう。」
 翌日もまた、長者どんの家では朝から弁当作りをして、家中の人が芝居見物に行きました。
 それを見送ってから、灰太郎と娘の二人は前の日のようにきれいにして、芝居の所へ行きました。すると、見物人たちは昨日にも増して目を見張り、
「ほら、昨日のお方がまた出てわした。一体まぁ、どこのどなたじゃろうか」
と噂しあうのでした。
 二人が一足先に帰っていると、どやどやと帰ってきた召使いたちが灰太郎を囲んで、
「灰太郎、今日も又昨日の立派な方が見えたろう。わごうまぁ、あがぁなきれいな女子を一目も見らんじぃまぁ、一生灰をかぶっておることかいなぁ」
と、憐れむように、またからかうように言うのでした。
 一方、長者どんはばあさんを訪ねて、
「ばあさん、昨日は立派な支度をした男と女子を見て、とんとあきれてしもうとう。世の中には、あがぁなきれいな人もおるもんじゃける。じゃが、今日見たときは、女子は自分の娘に似とったが、どうしたことじゃろう。ばあさんな、わけぁ知らんか」
と聞きました。ばあさんは素知らぬ顔で、
「知り申さんにょう。じゃが、姫には養子をとらんばじゃなかか。三十五人の召使いのうちで姫に盃を取らせてみ申さんか。姫が盃を受けた人を養子になさんばじゃな」
と言いました。そこで、長者どんは家に戻って召使いたちに、
「明日は娘に養子を見つけてくれんばじゃ、もしお前たちの中に娘が気に入って盃を取る者があれば、それを養子にしよう。今夜はみんな風呂にも入って磨ぁて、明日はあり限りの立派な支度をせぇ」
と言いました。召使いたちはびっくりしました。我こそは長者どんの養子になろうと、上を下への大騒ぎが始まりました。
 いよいよ当日となりました。みんなそれぞれ着飾って大広間にかしこまりました。が、灰太郎一人だけは、灰かぶりのまま、一番末の方に縮こまっています。
 さて、盃取りが始まりました。一人ずつ立って行って盃を差し出しましたが、娘は誰のも受け取りません。最後に、灰太郎が出て行って盃を差し出しますと、にっこり笑って受け取りました。これにはみんなアッと驚きました。自分の目を疑ったほどでした。
 その時、ばあさんが席に出て、長者どんに向かって、
「すぐ人夫をかけて、私の家からお前様の家まで、きれいに花道をこしらえておくりゃれ」
と言いました。
 結婚式の準備が始まりました。花道は大勢の手で瞬く間に出来上がりました。
 花千代はばあさんの家で、娘は両親の元で、それぞれ支度をしました。
 やがて、灰もきれいに洗い落とし、髪も見事に結い上げた花千代は、輝くばかりの姿で、かくれ笠をかぶり、青葉の笛を吹きながら家を出ました。きれいな花道を静々と進んで長者どんの家に来ますと、出迎えた召使いたちが、アッとばかり又も驚いて目を見張りました。そして、あの芝居のあった時のことを、今更のように思い出すのでした。
 結婚式は本当に華やかなものでした。みんなは心から声を張り上げてめでた節を歌いました。
 めでためでたの若松様よ
 枝も栄える葉も茂る
 なおもめでたの思うこと叶うて
 末は鶴亀、五葉の松
 届け届けよ天まで届け
 末も初めも花のごと。
 やがて長者どんが立ってみんなに言いました。
「これからは、みんなこの花千代どんのご命令に従わんばじゃ、そうして仲良く力を合わせて働いてもらわんばじゃ。これからは、かんまぁて(絶対に)灰太郎とは言わんで、花千代殿と崇め親しんで、この家を盛り立ててもらわんばじゃからなぁ。」
 それからの花千代は、長者どんの跡を継いで立派な暮らしをしましたげな。